オーナーインタビュー

BESSの暮らしはどうですか?
「ログハウスでの暮らしってどんなもの?」「田舎暮らしに憧れているけど…」。木の家での暮らしを思い描いている方へ、BESSのログハウスや個性派住宅にお住まいのご家族の実例をご紹介します。新たな暮らしを始めた経緯、用途により異なるログハウスのスタイル、家づくりへの思いや暮らしぶりなど、ぜひ参考にしてください。

カントリーログハウス

家がほしいのではなく、こんな暮らしがほしかった

森の緑に溶け込むシックなログハウス

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阿南町新野の穏やかな山里風景を見晴らす丘にK邸は建つ。ここから里の全貌が望めるということは、新野のどこからでもこの家が見えるということ。「薪ストーブを焚くと、みんなから『狼煙が上がった』とからかわれます」と夫妻は笑う。この家にお客様を招いて、温泉に行こうという話になり、近くの入浴施設の送迎バスを頼むとき、「新野のログハウスです」と言えば通じるらしい。

そんなふうに周りから目を引きつつも、背後の緑にもうまく馴染んでいる。その素敵な雰囲気をレストランと間違えて訪ねてくる人もあるそうだ。チャコールグレーのシックな外観は、もともと明るめの色だったカントリーログをご主人が黒く塗った。地元の大工さんが「ひと夏使っていいから」と組み上げてくれた足場を頼りに、土日の度にゆっくり仕事したそうだ。

夫妻にとってこの家は、「ちょっと遠い離れ」である。普段は同じ集落にあるご主人の実家で過ごす。ここに来るのは夜寝るときと週末だ。もともと二世帯住宅を建てるつもりでいた。しかし、ここの子供たちは飯田市など遠方の高校へ通うため、中学卒業後家を出ることが多い。「だったらセカンドハウスの方がいいと思いました」ご主人はそう話す。たまたま、BESS(当時のビッグフット)の展示場を訪れ、「つくるなら絶対にあれだ」と思った。初めて見に行ったのが5月で、その年の8月には契約をしていた。

宅地はかつてご主人の家の棚田があった場所である。子供のころ田植えや稲刈りを手伝った場所で、ずっと胸に描いていた暮らしを実現した。

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週末を別荘で過ごす豊かさを

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二人して教職にある夫妻だが、ご主人はかつてペルーの日本人学校で教えたことがある。そのとき向こうの人々のライフスタイルに感銘を受けたという。彼らは平日は仕事のために都会のアパートで暮らし、週末になると郊外の高原に建てた別荘でゆっくりと、ときに友人などを呼んで楽しく過ごす。「豊かだなあと思いました」自分でもそんな風に暮らしてみたいと考えるようになった。そうしてできたのがこの家なのだ。

新野の標高は800メートルを超える。夜の帳が降りると、広々としたデッキの上は満天の星だ。「星のきれいな夜はここに寝転がって空を見上げます。星の数が多くて、天の川が真っ白に見えます。この間の流星群もよく見えました」

デッキはリビングの延長としても使えるから、友人知人を呼んでの焼き肉なんてほんとに気楽にできる。壁に何かを吊すために釘やフックを打ち付けるのにもログハウスなら気兼ねしない。「このラフさがいいんですよね」そう言いながらご主人、デッキには毎年塗料を塗ってメンテナンスは欠かさない。

家の中は二人のお気に入りでいっぱいだ。ご主人手製の食器棚、天体望遠鏡、子供の頃お父さんからプレゼントされた短波ラジオ。ロッキングチェアーの背もたれなどにさりげなく飾られたパッチワークは奥様の作品だ。料理も好きな奥様は、あこがれだった仏ロジェールのオーブンコンロで腕を振るう。2階は130インチのスクリーンと7.1chのスピーカーシステムを備えた本格的なシアタールームになっている。周りに家がないこの場所なら、大音響で映画が楽しめる。

真冬にはマイナス16℃にもなる寒さ厳しい土地だが、薪ストーブ1台で大丈夫なのだとか。ログが調湿し、しかも二重サッシだから「結露がないのがうれしい」とは奥様の談。

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「人とのつながりが一気に広がった」

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年も職業も同じで、器械体操の先生なのも同じ。週末は一年のうち3分の1ほど審判として呼ばれるそうだ。二人だけでここで過ごすとき、ご主人は薪集めや草刈りに精を出し、奥様は手芸や読書に勤しむ。それがやっぱり一年の3分の1。では、残りはどうしているかというと、なにがしかのお客様をこの家へ迎えている。

二人とも教員で、体操の先生で、しかも奥様はコーラスを指導していたりするから、まず子供たちがよく遊びにくる。ときには学年も様々な40人の子供たちがやって来て合宿をする。新野の集落の奥様たちが集まり、一人一品の持ち寄りパーティを開くこともある。ホタルが出る時期には観察会、雪が降れば庭のスロープで小さな子供がそりやスキーで遊ぶ。音を出しても気にならないからと、演奏の練習をするのにこの家を貸してくれという友人もいる。

みんな、夫妻の明るい人柄に惹きつけられてやってくる。ここには宿帳と呼ばれるノートがあって、ページは今まで訪ねた人たちの名前とメッセージでいっぱいだ。子供から大人まで、中には外国の方の名前も見える。いったい誰の家なのだろうと不思議に思うほど、K邸にはお客様が多い。そして、地域のコミュニティセンターのようになっているわが家のことを、「この家ができて人とのつながりが一気に広がりました」とお二人はほんとうに嬉しいそうに語る。

新野でも古い家で、お父さんは地域の祭りの長老を務めるご主人の実家には、昔から人が集まっていたという。「まるで民宿みたいだった」そうだ。そんな環境に諏訪からお嫁にきた奥様も「そういうものなんだろう」と自然に馴染んだ。似たもの夫婦というけれど、ご夫妻は根っから一流のホスピタリティの持ち主なのである。

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ほしかったのは、家でなくて暮らし

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新野にはともに国重要無形民俗文化財に指定されている盆踊りと雪祭りというふたつの祭りがある。ご主人の家はこうした祭りで代々笛を吹く役にあるそうだ。親から子へそして孫へと伝統は受け継がれてきた。楽譜はない。親が手本を示すのを聞き、指で憶え、音色とともに、この土地やこの家に伝えられてきた大切なものを子は受け取っていく。そして自分の子へ伝えていく。今は親子三代で笛を吹く。こうして形や決まりをおろそかにすることなく守っていくことで、地域への誇りも子供の中に育っていく。だから何百年も祭りは続いていく。

ログハウスで草刈りなどひと仕事終えると、ご主人は自らコーヒーを淹れるのだそうだ。ミルで豆を挽き、丁寧にドリップする。「そのプロセス全部含めてコーヒーを楽しむことだと思う」そう話す。コーヒーを淹れるのも、デッキを塗るのも、薪をせっせと集めるのも、手間をかけることはときに煩わしく、たいへんなこともあるかもしれない。でも、手順をきちんと踏んでいくから、成果を楽しめることをご主人は知っている。やがてプロセス自体も楽しめるようになってくる。

子供たちがやってきたとき、この家には不文律のルールがある。「自分のことは自分でする」というのがそれだ。Kさんの実家の畑の野菜を朝採りに行くのも、お昼のサンドウィッチをつくるのも、自分より小さい子の面倒をみるのも、子供たちの仕事だ。合宿では、一人一枚雑巾を縫うという課題もある。この家の電話が昔懐かしいダイヤル式なのは、ボタン操作が当たり前の子供たちに体験させたかったからだ。何か楽しかったり、おいしかったりするものが出来上がるまでには、どこかに手間があることを子供たちは自然に学んでいく。内気な教え子もここへ来るとなぜか快活になるという。

「私たちは家がほしかったんじゃなくて、こんな暮らしがほしかったんです」。そう話すKさんご夫妻の笑顔はとても満ち足りていたし、暮らしを楽しむ二人の思いは、ここへ来たゲストみんなにきっと伝播していると思う。

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